5年前の新聞コラムから
目にとまった、中日新聞の〈中日春秋〉のコラムを
よく、切り取っておくのですが、
昔の手帳から数枚出てきました。
それは、全て2011年のものである記事でした。
このタイミングで、出てきたのも
何か意味があるのかも…。
その中の1枚をここに、写します。
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超大物と呼べる歌手の一人、エリック・クラプトンさんが歌う
『ティアーズ・イン・ヘブン』は、
ロックという音楽の成熟を象徴するような名曲である。
だが、これほど哀切な歌もない。
今は亡き愛息コナーちゃんに捧げられているからだ。
1991年、当時4歳の彼は、米ニューヨーク・マンハッタンにある
高層コンドミニアムの53階から転落死した。
〈もし天国で会ったら、君にはお父さんの名前が分かるかな〉
などと語りかける曲には父の無念さがにじみ、胸を打つ。
頽(くずお)れそうな自分を鼓舞するような
〈お父さんは頑張って生き続けなくちゃいけない〉
という一節も切ない。
そこに使われている英語は carry on
継続する、頑張りぬく、持ちこたえる、といったニュアンスだ。
第二次世界大戦中、ドイツの激しい攻撃にさらされたロンドンでは
〈carry on ,London〉が抵抗の標語だった
今、それをJapanに置き換えてかみしめる。
大震災による喪失はあまりに大きいけれど、
私たちは、持ちこたえ、できる部分では
「日常」を継続させていかなければならない。
これもその一つだろう。
昨日、東京都や三重、福井などの知事選が告示され、
統一地方選が幕を開けた。
今なお「非常」の時だが、それに飲み込まれているわけにはいかない。
続いていく「日常」を見すえ、確かな選択をしたい。
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…という内容でした。
5年前、この新聞のコラム欄を読んでいて、
私の心に引っかかったので、
切り取って手帳に挟んでいました。
あの時も【非常】な時だったけれど、
誰もがそれぞれの〈日常〉を継続していました…。
誰もがいつかは、大きな失うときが、
必ずくるでしょう。
それはどんな形で来るかは、分かりません。
TV、新聞、SNS様々…な情報は目にしています。
ただただ、心が痛いですが、
それでも〈日常〉を継続しながら、
残されたものは、確かな選択をして
それぞれの今を、生きていかなくちゃいけない…。
改めて、思いました。
雨の日は、なんだか気分も湿っぽくなりやすいようです。
今日もひとりごとでした。
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